なんで私ばっかりこんな目に遭うんだろう
こんにちは、
ドクターかよです。
今日は
「『なんで自分ばっかり。』
と、悲観的になる必要も
『あの人ばかりズルい。』
と、妬む必要もないですよ。」
というお話をします。
外来をしていると
「なんで私ばっかり
こんなにつらい目に
遭わなくてはいけないんだ。」
というお声を聞くときがあります。
外来に限らず、
日常生活でも
「あの人は幸せそうで羨ましい。」
「◯◯を持っていてズルい。」
の声を聞きます。
たまーーーに
「先生になりたい。」
という
ありがたいお言葉ももらうのですが、
「そんなエエもんじゃないですよ。」
というのが私の本音です。
幼少期は
両親が不仲で
ピリピリした家庭環境でしたし、
悩みの多い半生でした。
ブログに書く勇気はまだないけれど、
側から見ると
問題に見えるようなことも
いまだに2,3つあります。
いわゆる
一般的な幸せを求めるなら
私になるのは
オススメしません。
私になりたいと言われた方は
「先生はいつも笑顔だし、
医者だし、
順風満帆で羨ましい。」
とも言われてました。
私は順風満帆ではないです😑
苦しくて苦しくて
楽になりたくて、
救いを求めて
台風の中山登りをしてた女ですよ?!
過去に
地獄の底を這いずり回っての
今なんだけどなぁ。
そんなふうに思ってくださることに
感謝を述べつつ、
私は考えました。
私も
「この人、幸せそうで羨ましいな。」
と思うときはあります。
しかし
どんなに笑顔で明るく見えても
その人にはその人なりの
苦しみや悲しみが
あると思うのです。
その人になってみないと
分からない。
表面的なもので判断はできない。
反対に
自分から見て
「大したことじゃないじゃん。
なんでこの人
こんなに苦しんでるんだろ。」
と、思うときもあるかも
しれません。
たとえば
カウンセリングに来られている
高校生。
1年留年したので
同級生に早く追いつきたくて
焦っています。
私から見ると
長い人生で高校時代の1年なんて
誤差みたいなものですが、
本人にとっては死活問題。
本気で悩んでいます。
私の
死ぬほど苦しかった経験も
見る人によっては
大したことないかもしれません。
人はみんな
必死に自分の人生を生きている。
こう考えると
「なんで自分ばっかり。」
と悲観的になる必要も
「あの人ばかりズルい。」
と妬む必要もありません。
自分の苦しみと他人の苦しみを
比較しなくていいのです。
じゃあ
どうすればいいかと言うと
自分の人生に
責任を持つこと。
今、
自分の置かれている状況を
受け止める。
自分の人生を
見つめることですね。
他人は横に置いておく。
まぁコレが難しい!!
私はすぐに
他人と比べてしまいます。
そんなときは
「私は私。」
と、視点を自分に戻しています。
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