「いいえ」と言えないのはなぜか
こんにちは、
精神科医の諸藤えみりです。
あなたは誰かから頼まれごとをされて
「いいえ」
「できません」
と断れますか?
わたしは苦手です。
いわゆる「いい人」で
生きてこられた方々も
苦手なのではないでしょうか。
『いいえ』
と、言えないのはなぜか。
親に
「いいえ」
と、言えないからです。
小さい頃は親が世界のすべて。
生きていくために
親の言うことが真実だと
思い込みます。
親と自分だけの世界。
自分を優先してくれて、
自分が1番の世界です。
学校に行くと
同級生との比較が始まります。
親との世界にあった
万能感が壊れます。
勉強や運動で、
自分が1番でないことに気づきます。
理想と現実をすり合わせながら、
新しい自己像
(自分という人間)
を作る過程になります。
また、
さまざまな人と出会うことで
親の言うことが
すべてではないと気づきます。
自分の意見が出ます。
反抗期が始まります。
しかし、
もし大好きなお母さんが
家の中で立場がない場合。
(例えば
姑にいじめられている。
両親の仲が悪く
夫から虐げられている、など)
お母さんを可哀想だと思うと、
お母さんを悲しませないために
言いたいことを
言えなくなります。
お母さんを喜ばせようと
いい子でい続けます。
違うパターンとして、
お母さんが過干渉で
「子供のために良かれと思って」
と、レールを敷いた場合。
子供が
「こうしたい。」
と言っても
親が
「やめときなさい。
ああしなさい。」
とすべて決めてしまう場合です。
子供のためなのは
分かります。
しかし
全部が全部そうしてしまうと
子供は何も言えなくなります。
親の言うことが絶対になり、
子供は
「どうせ言っても否定されるしな。」
と自分の意見がなくなります。
どちらにしろ
この環境の子どもたちは
親や先生の言うことを聞きます。
反抗期がないまま大人になります。
「いいえ」を言うことなく
大人になるのです。
社会に出てもいい子でい続けます。
親に反抗したことがないので、
社会に出ても
「いいえ」
と言えません。
親の顔色を見て育っているので
今度は
社会の顔色を伺うようになります。
いい子としてしか生きられないので
他人の期待に応えようと
必死です。
周りに認められようと
自分のキャパを超えて働いてしまう。
そして疲れ果ててしまいます。
「あれ?
私の人生、これでいいの?」
と気づけるかどうかが大切です。
もう一度自分の人生を
取り戻すかどうかです。
「親は子のために」
「子は親のために」
の結果、
いいえと言えなくなっただけ。
靴紐を掛け違えたようなものです。
解いてまた結べばいい。
そう思います。
自分のために
「いいえ」と言おう。
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