契約上の関係



こんにちは、

精神科医の諸藤えみりです。

↑「人が去ると痛みを感じる」

の続きです。



精神科医として働いていたら

患者さんが来なくなるのは

誰でも一度は経験するはず。



上司はこのようなとき

どう考えているのかを

聞いてみました。




上司は言います。

「そういうとき、あるよ。

たくさんある。


先生(わたし)の場合ね、

次のことを意識しないといけない。


まずね、

医師と患者さんという立場。


どうしても

「医療を提供する側」

「提供される側」

という立場になる。


教える側と教わる側ね。


この場合は、

『契約』

の上に成り立つ関係性なの。


だからね、

先生の診察に

来なくなったということは、

契約が破棄されただけなの。


契約が合わなかっただけ。


家族とか友人のような

横の繋がりではない。


『友人に嫌われた』

みたいな、

仲のいい人との

関係性が壊れたわけではない。


先生は

・嫌われた

・見捨てられた

と思わなくていい。


そこは

ぶったぎらないといけない。


でないと、

これから何十年仕事できない。


先生が潰れてしまう。」




わたしはフリーズ。

患者さんが来なくなると、


•技量不足

•相手の期待に応えられなかった

自分のふがいなさ

•わたし自身の否定


と、捉えていました。




上司はそれは違うと言います。

患者さんが離れても、

わたしの存在価値は変わらない。



わたしの価値と

患者さんが離れることを

くっつけてはいけない。





上司は続けます。


「えみり先生って、服好きでしょ?


ずっと同じブランドで

服を買い続けないじゃない。

変わるでしょ。

そんな感じよ。」




なるほど。

好きなブランドはどんどん変わる。

前のブランドを

嫌いになったわけではない。

今わたしが好きな服を

着ているだけ。




患者さんが

わたしから離れてもいい。


たとえば

他の医師のところに行く。


それで患者さんが

良くなるのなら、それでいい。




患者さんに向き合ういうことは

わたし自身とも

向き合うということでもある。


患者さんが来なくなると

今でも淋しさを感じる。

寂しさを抱えたまま

わたしは外来を続ける。





精神科医 諸藤(モロフジ)えみりの心のレッスン

精神科医のわたしが日々の思ったこと、感じたことを書いています。

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